あけましておめでとうございます

昨年は小説・音楽ともに目立った活動がなく、足踏みの一年という印象でしたが、最後の最後「塔の医学録~悪魔に仕えたメイドの記~」が連載スタートとなり、嬉しい気持ちで新年を迎えることができました。

尺鳥いんこ先生、編集者様、秋田書店の皆様、そしてこの作品をお読みいただいた全ての皆様に心より感謝申し上げます。

今年はたくさん書いて、たくさん発表する年にできたらと思っております。

よろしくお願い申し上げます。

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さて、このコーナーを更新するのも9か月ぶりとなってしまいました……

アイキャッチ画像は年賀状。せっかくなので中世ヨーロッパ風にしてみようと、こんな感じになりました。

新年にしては少し地味ですが、これはこれでいい雰囲気になったような気がします。

左側のイラストは、12世紀の写本にあったものです。

https://www.e-codices.unifr.ch/en/searchresult/list/one/csg/0021

中身はノートカー(吃音ではない方)によって1000年頃に書かれた詩編の古高ドイツ語訳。

この時代、一般的にはラテン語が共通語とされ、聖書の民衆語への翻訳は抑圧されていた時期なのですが、このような例外もあったのですね。

また、ノートカーはアリストテレスの注釈を初めて手掛けた人物としても知られています。彼が訳したのは元のギリシア語ではなく、ボエティウスによるラテン語訳でした。ヨーロッパに古代ギリシアの知識が持ち込まれるというと12世紀のパレルモが浮かびますが、こうした何世紀にも渡る前提なくしては12世紀ルネサンスも興らなかったことでしょう。

右側のピンクの文字はラテン語の新年の挨拶です。

annumはannus(年)の対格、novumはnovus(新しい)の対格で合わせて「新年」

faustumはfaustus(幸運な)の対格

felicemは felix(幸福な)も対格

……要するに、新年が良いものでありますように、という祈りの言葉ですね。

しかし、実は中世ヨーロッパではこんな挨拶は交わされていなかったのではないかと思われます。

それもそのはず、キリスト教にとって1月1日は特に祝うべき日というわけではないのです。

しいて言えば12月25日の降誕祭から続く「十二夜」に含まれますが、その中で1月1日が特別扱いされるわけでもありません。

むしろ新年を祝う行為は、異教の風習として批判されていた形跡すらあるのです。

8世紀の『聖ピルミニウスの宣教録』では「カレンダエ(朔日)を祝うことは悪魔信仰以外の何物でもない」という記述がありますし、10世紀のヴォルムスの司教ブルヒャルトは『贖罪規定書』の中で、1月1日を祝った人を「背教者」として糾弾しています。

中世盛期までは、民衆レベルでは完全にキリスト教化しているとは言い難いところがあるので、根強く残る異教の風習を根絶しようと教会は躍起になっていたのかもしれませんね。

改めて、自国の言葉で本を読み、自由に新年を祝える今の時代に感謝しつつ。

「ANNUM NOVUM FAUSTUM FELICEM!!」